心は高性能だから当時の感情を覚えている

今回は「心は高性能だから 当時の感情を覚えている」ということについて、話していこうと思います。

目次

心が覚えていること忘れていること

僕たち人間は生まれてから死ぬまでの間にさまざまなことを経験するわけですが、その中で「覚えていること」もあれば、「忘れていること」もあると思います。

「覚えていること」の中にも、めちゃくちゃ鮮明に覚えているものもあれば、うろ覚えのものもあったりして、それも実にさまざまな記憶として自分の中に残っていますよね。

逆に「忘れていること」は“忘れている”ので、そもそも自分の記憶の土俵にすら乗っていない。だから自分でその話題を取り扱ったりはできない。

ただ、ここで重要なのは、一体「何を」覚えていて、「何を」忘れているのか、ということです。

もう少し話を絞ると、「人間の心は何を覚えているのか、または忘れていくのか」という点です。

いったんここで是非やってみてほしいのですが、ちょっと小学生くらいの時のことを思い返してみてください。どんなことでもOKです。

この時あなたは、一体何を覚えていると言えるのでしょうか?どんなことを感じているのでしょうか?

僕は、ここに色々と大切なことが埋まっているような気がしてなりません。

そこをより鮮明にしていくために、人間と動物の違いについて話していこうと思います。

人間と動物の違い

僕は動物の世界に詳しいわけではありませんが、人間以外の動物も「過去を覚えている」ということはあると思います。

例えば、「このあたりに待ち伏せしておけば獲物がやって来るな」とか、「この道を曲がれば自分たちの縄張りに戻れる」とか、そんな感じで覚えていそうです。

こういう記憶って、「脳」が行っているわけですよね。もちろん本能的な部分もあるかとは思いますが。

そしてこの「脳」による記憶というのは、もれなく人間にもできることです。というかむしろ人間の得意ゾーンと言うことができそうですよね。

小学生のときに習った九九を使って大人になってからも計算することはあるし、今まさに読んでいただいている漢字も記憶しているわけです。

さらに、中学の時の部活動で決勝戦まで行ったことや、大好きだったあの子に告白した日のことなど、出来事として記憶していたりもします。

つまり、「脳」はありのままの事実を記憶をしていて、それは掴みどころがあるものです。

しかし、人間だけが持っている「心」という場所で覚えていることは、掴みどころがない、なんとも言い表せられない部分だったりするのです。

つまり、「心」が覚えているのは「感情」であり、もっと言えば、「その当時に感じていた感情」とも言うことができる。だから非常に曖昧で、ボヤッとしていたりする。

これは「脳」には備わっておらず、「心」にだけ備わっている、かなり高性能な機能であると僕は考えています。

今回の記事のまとめ

このあたりで終わりにしようと思いますが、この「心は高性能である」というテーマについては、まだまだ深掘りしていきたいので、また改めて記事を書こうと思います。

さて、今回の記事でお伝えしたことを大まかにまとめると、以下のようになります。

・脳が覚えていることは「ありのままの事実」=掴みどころがある
・心が覚えていることは「その当時の感情」=掴みどころがない

すべてが上のことに当てはまるということはありませんが、脳と心の主な機能としては大体このようになっているのではないかなと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました!

目次