「後悔しないように生きる」という発想は捨てる必要がある。
「後悔しないように生きる」を実践するほど「後悔するか否か」という二元論に入っていくので、なにか行動した結果「後悔する」という確率が少なくとも1%以上はあることになってしまいます。
なのでもし「後悔したくない」と思うのであれば、そもそも「後悔するか否か」という二元論の外へと出ていくしかない。要するに「後悔しないように生きる」という発想を捨てることが必要なのです。
さらに言えば「後悔しないように生きる」という発想は、本来自分の心からワクワクするように湧き出てくるものではありません。むしろ外の常識やあたりまえといった、なにか別の力学や理性が働いていることがほとんど。
僕たちの幼少期や学生時代、さらには赤ちゃんの時までさかのぼってみれば、もちろん個人差はありますが「後悔しないように行動しよう」という理性的な発想が先立って行動することは滅多になかったはずです。
それよりももっと、今この瞬間に溢れてくる好奇心に満ちていた。感性が働いていた。目の前のモノに触れてみたい、分解してみたい、口に入れてみたい、匂いを嗅いでみたい。じぶんの五感にもとづいた世界の感知を絶えずおこなっていたのです。
そして、世界の感知をたくさんする中でたとえば「将来は洋服にまつわる仕事をしてみたいな」「数学は好きだし得意だからもっと研究してみよう」「全国各地の料理ってどんな違いがあるんだろう?食べ歩いてみよう!」といった発想が出てくる。
つまり、感性が先。理性はその後なのです。
改めて今回のテーマに戻すと「後悔しないように」という言葉は「将来を想定したうえで今の行動を決める」という発想であり、ここからハッキリとわかるように明らかに「理性が先」になっているのです(それだけでなく「感性は無視」となってしまっているケースも少なくないです)。
なので繰り返しになりますが、もし「後悔したくない」と思うのであれば、「後悔しないように生きる」という発想を捨てることがなにより重要であり、思考の土台部分から大転換していくことが求められるのです。
