じぶんの言葉の作り方

ここでいう「じぶんの言葉」とは何かというと、「じぶんの心に根を張った言葉」のことです。

もうすこし具体的にいえば「じぶんの経験に基づいた言葉」とも言えます。

身の回りにはたくさんの「言葉」が溢れていますが、それらのなかには「その人の経験から発されていない言葉」も少なくないです。

なので一見「正しい」と思える言葉だったとしても、それを鵜呑みにすることなく用心深く注意しないといけない。

もちろんこれは「誰の考えも取り入れない完全オリジナルな言葉を作ろう」という意味ではありません。

むしろ必要な言葉や考えは他者から“部分的に”取り入れる。その視点が鍵になります。

そして“部分的に”取り入れた言葉は、買ってきたばかりの食材をそのまま冷蔵庫に放り込んだようなものなので、そこから自分なりに料理しなければいけません。ここがめちゃくちゃ重要。

どんな食材と合わせるか。どんなふうに切るか。どんな調味料を使うか。どんなふうに調理するか。どんなお皿に盛り付けるか。それは千差万別。

つまりここにこそ「じぶんなりの味付け」「じぶんなりの工夫」が滲み出るわけです。

ここをすっ飛ばして「あの人がこう言ってたから私もこう思う」とか「あの本にはこう書いてあったから私もそう思う」ということになってしまうと、それは「じぶんの言葉」とはかなり程遠いものになってしまうのです。

なので先ほど例に出したように「言葉を料理する時間」が必要不可欠で、例えば「あの人はこう言ってたけど私はどう思うだろう?」という問いを立てて考えてみたり、「あの本にはこう書いてあったけど私はそう思わない。なぜなら…」といったように主張+根拠を考えてみたり。

このようなプロセスを挟むか否かによって、それが「じぶんの言葉」になるか、それとも「他者からそのまま輸入した言葉」になるかが決まる。ここに大きな分岐点があるということです。

人と話すとき、本を読むとき、動画を見るとき、あらゆるシーンにおいて必ず「それは心に根を張った言葉なのか」という見極める視点を持ちつつ、そのうえで“部分的に”取り入れる際には、自身の経験と照らし合わせながら「言葉を料理する」というプロセスを歩んでいくこと。

そうして手間暇かけて出来上がった言葉こそがあなただけの「血肉」となり、誰にも真似できない人生の味になっていくのだと思います。

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